2010/04/21
佐賀県の伊万里に浦崎造船所(川南造船所とも言う)の廃墟があるのですが、少し前に解体が決まったとの知らせがありました。工場が閉鎖する前から合わせるともう半世紀以上も経っている建物です。
また後世に残しておくべき近代遺産が一つ失われようとしています。
今思えば僕が廃墟に興味を持ち始めたのは、この廃墟と出会ってからのように思えます。
それまでも廃墟自体は好きだったのですが、それは単にビジュアルがかっこいいとか、空気感が好きといった表面上だけの「好き」でしかありませんでした。
最初この廃墟に入った時、今まで見てきた廃墟とは全く違う異質なものを感じました。(霊気とかそんなんじゃなくて。)



なんともいえない生々しさが全身を駆け抜けて、鳥肌が立ち、その場所にしばらく立ちすくしていたのを今でもはっきり覚えてます。
廃墟の洗礼というやつでしょうか。
スケールもでかく、中に入ったときの非現実的な空間にはもちろん圧倒されるのですが、それだけではない何かが僕の心を震わせているんです。
よく見ると時代を感じさせる標語みたいなものがあちらこちらに。きっとこれは戦時中の頃に使われていた工場に違いない。そう思いました。
その日、自宅に帰って調べてみたところ、もともとはガラスやソーダ灰を製造輸出する工場だったそうで、そこに昭和15年川南工業浦之崎造船所が移転。
太平洋戦争勃発後、昭和18年には軍需工場の指定を受け戦時標準船や特殊潜航艇などを製造。
ん??特殊潜航艇???
それ「人間魚雷」のことじゃありませんか。。
そう、なんとここはあまりにも悲しい過去を背負った工場だったのです。
僕があの時何かを感じとった理由も納得でした。


この川南造船所は船体を別々に作ってドックの中で溶接して作っていたためドックの効率が良く、当時はあの三菱造船と並ぶ生産量を誇っていたほどの大きな会社だったそうです。
学徒勤員含め2500人の他、囚人、朝鮮人、俘虜なども就労させていたのだとか。
今はその風景も想像が出来ないほどひっそりと草木にスッポリと覆われています。



まるでその草木達が悲しい記憶までをものみこんでいるようにさえ見えます。
終戦までに訓練を受けた回天(人間魚雷)搭乗員は、海軍兵学校、海軍機関学校、予科練、予備学生など、1,375人でしたが
実際に出撃戦死した者は87名(うち発進戦死49名)、訓練中に殉職した者は15名、終戦により自決した者は2名。
回天による戦没者は、特攻隊員の他にも整備員などの関係者もあり、それらを含めると145人になります。
「死」を覚悟しなければならなかった者達の気持ち。その者達の家族・愛する人・友の気持ち、考えただけでも胸が苦しくなります。
この場所で、そんな悲しい武器が生みだされていた思うと本当に複雑ですね。こういうことが二度と繰り返されぬことを祈るばかりです。




しかし、半世紀経った今も取り壊されずに残っているということは、なにかしらの意味がきっとあるのでしょうね。
実際、僕もこの事実に触れたことで、この日本に眠っている様々な廃墟に触れていきながら多くの歴史を学んでいきたいと思うようになりましたしね。
知識だけではとても味わえないリアリティーが廃墟にはあります。
あ、だからといって僕は廃墟探訪を勧めようと紹介しているわけではありません。
廃墟への立入は様々な危険を伴う場合があります。それらのリスクはすべて自己責任であることを忘れないで下さい。
だいぶ話しが逸れてしまいましたが、そんな思い入れの強い場所が無くなるということはなんとも寂しいことです。
終戦後の46年に軍需工場指定を解かれて、55年に閉鎖されましたが、土地の免許失効や地権者が全国に散在していることなどで、取り壊せなかったそうです。
地元住民でつくる山代町開発促進協議会は2009年6月、緑地公園にするよう市や県に要望。
現在、市は10年度に建物を買い取り、11年度に撤去する計画を立てています。
近くの住民からは「危ない」「戦争の悪いイメージを残す」「造船所跡は地域の過疎化の象徴になっている。早急に撤去し、地域の憩いの場にしてほしい」などの、撤去を求める声が上がっていたそうです。
僕は全くそうは思いませんが。
一方、近年の”廃虚ブーム”で全国から見学者もあるそうですが、それにより倒壊の危険性を高めてしまったため取り壊すことが決定的になったんだとか。
伊万里市が撤去した後、公園化する方針だそうです。
撤去計画を聞き、「広島の原爆ドーム同様、戦争の傷跡を後生に伝える平和遺産として残してもらいたい」など、昭和の歴史を伝える戦争遺跡としてあらためて保存を求める声も上がっています。
伊万里市川南造船所廃墟の解体撤去に反対する署名運動も始まっていますので、解体反対の方、興味のある方はこちらへどーぞ。
http://www.shomei.tv/project-1519.html
もしも保存が決定したとしても、軍艦島のようにギッチギチに整備されてしまうんだろうなー。。
まあ身の安全から考えると当たり前なんですが。
中まで入れるのは今年が最後かもしれません。



どういうかたちであれ、どうかこの場所がこの先もずっと残っていますように。
Hiroyuki Mori
posted by mono-safari
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